徒然松山記

或る松山ケンイチファンの日記

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青く、熱く、美しい男

役が“憑依”したかのような彼の演技を見るたびに、
俳優になるべくしてなった人だなと思う。
だが、その裏側で彼は、苦悩し、葛藤している。
そういう姿もまた、松山ケンイチの美しさだ。

―invitation No.65  美しい男 松山ケンイチ



少し前の話になるけれど
invitationが凄く良かった。
松山ケンイチは俳優になるべくしてなった人だと私も思う。
けれど、松ケンが
カメレオン俳優、とか
憑依型
と呼ばれることに
すごく抵抗があった。
映画ごと、役ごとに異なる人間を演じ切る松山ケンイチに
そういう代名詞がつくのは当然のことなのかもしれない。
でも、その代名詞が、あまりに安易に使われることで
その役を、その感情を
いとも簡単に松ケンが手に入れてしまえるかの様な気にさせて
好きではなかった。
彼が役を演じる上で
いかにその人物について深く考える人であるか
私達は知っている。

だから
苦悩と葛藤の上に成り立っている松山ケンイチであり
それが彼の美しさなのだというこの文章が
とても好き。

松山ケンイチに
天が与えた才能があるのだとすれば、それは
役を一人の人間として捉えることができるということであり
その人間について深く考察できることであり
悩めるということである。
だからこそ
カメレオンのようにも
憑依したようにもなれるのだ、と
私は思う。

中田新一監督が先日のポレポレのトークショーで
悩むところが松山ケンイチのいいところであると発言していた。
更にGyaoMagazine2007.4月号で
萩生田監督がこうも言っている。

「(撮影中は)恐れずに悩む人ですね。
 だけど考えて考えて考え抜いた末、
 ポンと全部忘れて真っ白になって演技する。
 メイク室なんかでずっと考えてるわりに、
 演技する時は潔い。
 “考えることは損なことじゃない”って
 彼自身が分かってるんじゃないかな。
 考えて、計算して演技するというよりは、
 考えたことが演技にどう出るか試しているところもあるかもしれません。
 現場の力を信じているんですよね」

悩める松山ケンイチ
考える松山ケンイチ
そういう姿に惹かれつつも
考えた末にポンと真っ白になるということに強さを感じ、
逞しく、頼もしく思ったから
萩生田監督のこの言葉をよく覚えている。


悩んで悩んで
考えて考えて
そうして手に入れたキラメキを携えて前を向いている。
それこそが
役者、松山ケンイチ
人間、松山ケンイチの魅力なのではないだろうか。





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